一瞬の気づきで輝く コーチングガーデン 自分の物差しを持っていますか?
判断基準

それは、物事をこういうものだと判断するために用いる物差しとなるものでしょうか。
事の大小を問わず、私たちは常に判断に迫られていて、行動を起こしています。

例えば、この文章を読むのも、きっと
 「なんとなく面白そうだし、読む時間もあるから読んでみよう。」
とか、、、
 「XXさんが面白いと言ったから読もう。」
とか、
無意識、もしくは意識的に、何かそのような判断をしているわけなのです。

ところで、この文章を読むと決めた基準をもう少し詳しく分析してみるとこんな感じでしょうか。

この文章を「面白そうだ」と決めたということは、自分の中に何か「面白さ」の基準があり、それに合致していそうだから「面白そうだ」という判断をしたことになります。

これは、自分の中に判断基準がある例と言えます。

「XXさんが面白いと言った」ということは、自分の中の面白さの物差しを使わず、XXさんの物差しが正しいと判断して読むということになります。

これは、他人の判断基準を取り込むことになります。


ここで言っておきたいのは、判断基準が自分にあるのか、それとも自分以外のものにあるのかは、状況において違うことが大いにあるということです。
そして、「常に自分の中に判断基準がある」というわけではなく、ある時は内部、この状況では外部ということは普通のことなのです。
しかも、どちらが間違っていて、どちらが正しいというのはあまりなく、状況によってふさわしいかふさわしくないかということが考えられます。

付け加えるならば、やはりやりすぎはよくないということです。



自分で判断しているように振る舞ってはいるけど、実はそういうことがなかなかできない人もいるのです。

何か問題と思われることがあると相手に判断を仰ぐ。
それが当たり前のようになり、そして、相手に依存するようになる。

人間、人に頼ってしまったり、判断を仰ぐことはよくあることです。
それがいつもになってしまったら、どうでしょう?


仕事で話をしていて、何を言いたいのかわからないことがよくある人がいました。
その人に「本当はどういうことが言いたかったの?」と聞くと、「ただ単に思いついたことをしゃべっていました」というのです。

自分の中で話しの整理がついていないんです。
そして、話をすることで私にどうしてほしいのかを考えていないのです。

  「さっきはXXと言っていたけど、今は○○の話だね。」

と結局、私が話を要約してみて、やっと何を話していたのかわかったようです。
というか、どうでもいいことも話していたようです。

世間話をするのなら別にどのような話し方をしてもいいですが、仕事では聞いている方はたまりません。
そして、いつも話が分かりにくいのです。

そして、次からは、話をしながら、「これで何を話しているかわかりますか」と必ず聞いてくるようになりました。

「自分で判断しろ!」と心の中で叫びながら、「大丈夫!」と言っています。
こんな自分がだんだん嫌になってきました。


さて、このようにいつも大丈夫かどうか聞いてくる人の心理状態はどういうものなのでしょうか。

もうご存知の方もいらっしゃると思いますが、
「間違うことに対して恐怖をいだいているから」なのです。


私の知っている人の中には、「間違えることは、自分の進歩を後退させることだと思っているから」という人がいましたが、これも恐怖と同じです。
自分の進捗を後退させることが恐怖だからです。

また、「自分は間違っていない」と頑固に思いながら、人に「これでいいのですか?」と強く言ってくる人もいます。
これは意地でも「自分の能力が劣っている」ことを認めたくないのです。



実は、相手の判断基準で何かを決めるということは、相手に責任を押し付けることなのです。
そうすれば、自分の責任ではないので、自分は傷つかなくて済みます。

もし失敗したら「あの人がそれでいいと言ったから」と判断することができるわけで、そうすれば、自分の能力に問題があるということにならないわけです。
自分が優秀であるということがそのまま保てる。


人は「自分に能力がない」と認めたくない気持ちがあります。
それは仕方がありません。



実は、「自分にはあんまり実力がなかったかな」と素直に認めた方が、その先の成長が断然違います。


人は間違えたことで気づきが多くなり、成長するものです。
そうして、できるだけ正確な物差しを作っていきます。


もし、間違えたかどうかわからずにそのまま先に進んだら、不正確な物差しのまま判断することになり、結局後になって大怪我をすることになることが多いものです。

「ああ、あの時こうしていればよかったなあ」と後悔することに。


若い時は取り返しが付きますが、40過ぎたら取り返しがつかないという人もいますから、できるだけ早くこのことに気が付くといいですね。



間違いを真摯に見つめなおすことや、いろんな人の物差しを見てみたりして、自分に基準を作っていき、精度を上げたその物差しで判断することができるようになれば、自分で判断できるようになります。

この物差しの精度を上げるというのが学習ではないでしょうか。


それから、一つ注意点として、自分の物差しの精度がいいかどうか判断を他人に仰ぐときは、「XXさんはどう判断しますか?」と聞くのではなく、「私はこう思ったけど、どうでしょうか?」という聞き方がよいです。

「XXさんは・・・」という聞き方だと、「こいつは何も考えていないな」と判断されるからです。
「自分はちゃんと考えているよ」という人に限って、このような聞き方をして、しかも何も考えていない人が私の周りにも結構いるなと思います。


それからそれから、外部に判断を仰ぐことばかりだと、実は「自分は優秀だ」と思っていても、周りは決してそうは思っていないことに気が付いてほしいと思います。


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野澤先生の教えは、とってもGoodです。



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